昭和42年8月11日 夜の御理解
今日は午後から、みやこさんの式念祭を仕えさせて頂きました。久富先生、光橋先生と三人で奉仕したんですけれども。本当に行き届いたお祭りでございました。賑やかな、そのきよしさんが言うのですよね。先生、私はみやこの妹ですが、みやこの御霊様の喜びというのは分かりませんけれども、私がこうやって一生懸命お供え物を買いに行ったり、いろいろその親戚が全部寄りますから、その準備に一生懸命なりますと母が本当に喜んでくれます。母が喜んでくれますから、お祭りしょる様なもんだと思います。けれど母が亡くなると信心がどうなるか分かりませんといったようなこう言って笑わしておりましたけれども、本当にあの人の頂きどころの適確さに何時も私、驚きます。
今日も話しております事の中に、おかげを急ぐという事。焦りがくる。イライラする。おかげを急ぐという事は、おかげが頂けないという事ですと。それは何故かと言うと、おかげ急ぎをしたり、おかげを待つという事はですね、神様を疑うという事ですからと。もう確かにその事ずはりね。神様にお取り次を頂いてお願した以上はです、神様にお任せしなければならんと言うことはそういう事なのです。そして一心になる。一生懸命になる。
私は昨夜のお月次祭の御理解を頂かして貰って、それとこれを頂き合わせてです、丁度昨日のお説教の中のいよいよ私は分かってもらいたいという所を言うとるなこの人はと、思い私は聞かせてもらったんですけれども。、物事時節を待たず苦をする事という御神誡と御理解の時節を待っておかげを頂くという。あれは何という御理解だったかな。天地の事は人の眼を持って知りて知りがたきものぞというあの御理解。物事時節にまかせと。おかげは時節に任せなければならない。
それを私どもが急いだり、イライラしたり、どうしておかげが受けられんのじゃろうかといったような信心では、本当のおかげは受けられないと言うことを頂きます。
確かにおかげ急ぎをするという事は、もう絶対、神様を疑うておるという事ですよ。神様を信じてお願したら、もう貴方にお任せしますということ、そこに見事なおかげが頂けるわけでございますが、だからそのおかげを頂く間、待たせて頂く間の事を夕べ頂きましたですね。
只今も合楽の田中さんが今日は一日、田の中の日雇とりの御用を頂きましたと。日雇とりの御用を頂かして頂きながら思いました。あの暑い、こういう炎天の中にくろぐろと稲が育っている。この稲の様に自分の信心のお育てを頂きたいというような事を思わせて頂きながら日雇とりをさせて頂きました。そのためにはどうでも今日そういう、一切の場にあたってそういう事を、生きた御理解を実際自分がそこから受けておられるように、それはどうしても一つその雑草を、非を取り除かなければ折角頂いたものが育たんです。そこに改まりが大事だなあということが分かります。
私どもの心の中にあります、おかげを蝕むもの。おかげの頂きにくいもの。おかげが漏ってしまう様な破れた箇所。そういう破れた箇所を気付かせて貰い、修繕をしておくとか、良い種を蒔かしてもらってもその良い種がすぐに例えば雑草に精力に負けてしまうといった様な事になってからは、いよいよおかげが頂きにくくなってくるのでありますから、ためにやはり雑草を取る。自分の心の中の改まりが大事と仰る。そこの所を精進するより外にないんだという事が分かります。
私どもがおかげ急ぎするという事は、いわゆる神様を疑うのと同じ事だと一つ分からしてもらう。それでも願わなければならん事は山ほどある。願わして頂いたら願うがよい。そこを一心に願うがよい。けれども、それをまあだこれだけ信心するのにそういう考え方はもう捨てて親先生任せ。金光大神任せ。心配になるから又御都合頂くけれど、それが私は急ぐ気持ち、焦る気持ちではおかげにならん。 その間のところを、夕べの御理解を頂き直すと有難いことになってくるですね。
その間をまあ言うなら、田中さんが今日、炎天下の中に言うなら悟られたというように、稲という言うなら最高のものを育てたいならば、先ずそれに肥料を施さして頂いたり、雑草が生えたら雑草を取り除いたりしなければ良いものは育たんのでございますから、そういう事に一生懸命にならなければならない。そうしておるうちに、そういうことも例えば又楽しくなってくる。自分の心の中に良いものが育っていきおる。信心の喜びが育っていきおることが楽しい。この頃植えたばかりの稲がもうあんなにくろぐろと伸びておるという事を思うたら、それだけでも楽しいのです。
ですから、そういう信心を楽しみながらするためにも、私はおかげ急ぎとか、おかげを待つとか、焦るとかという事がああいけないという事が分かります。おかげばっかりは急いでおりますと昨日の御理解ではないですけれども、上りの列車に乗らなければならんのに、いやいやと言って下りの列車に乗ってしまったという事にすらなりかねないのですからね。どうぞ。